大判例

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最高裁判所大法廷 昭和31年(あ)2863号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

大阪高等検察庁検事長代理次席検事米田之雄の上告趣意について。

所論は判例違反をいうが、引用の最高裁判所第三小法廷の判例は、押収物の証拠能力に関するものであって、本件に適切でなく、また、原判決は、引用の東京高等裁判所の判例と相反する判断を示していないこと原判示自体に徴し明らかであるから、所論は原判示にそわない主張であり、いずれも上告適法の理由に当らない。

職権により調査するに、憲法三五条は、同三三条の場合には令状によることなくして捜索、押収をすることができるものとしているところ、いわゆる緊急逮捕を認めた刑訴二一〇条の規定が右憲法三三条の趣旨に反しないことは、当裁判所の判例(昭和二六年(あ)第三九五三号、同三〇年一二月一四日大法廷判決、刑集九巻一三号二七六〇頁)とするところである。同三五条が右の如く捜索、押収につき令状主義の例外を認めているのは、この場合には、令状によることなくその逮捕に関連して必要な捜索、押収等の強制処分を行なうことを認めても、人権の保障上格別の弊害もなく、且つ、捜査上の便益にも適なうことが考慮されたによるものと解されるのであって、刑訴二二〇条が被疑者を緊急逮捕する場合において必要があるときは、逮捕の現場で捜索、差押等をすることができるものとし、且つ、これらの処分をするには令状を必要としない旨を規定するのは、緊急逮捕の場合について憲法三五条の趣旨を具体的に明確化したものに外ならない。

もっとも、右刑訴の規定について解明を要するのは、「逮捕する場合において」と「逮捕の現場で」の意義であるが、前者は、単なる時点よりも幅のある逮捕する際をいうのであり、後者は、場所的同一性を意味するにとどまるものと解するを相当とし、なお、前者の場合は、逮捕との時間的接着を必要とするけれども、逮捕着手時の前後関係は、これを問わないものと解すべきであって、このことは、同条一項一号の規定の趣旨からも窺うことができるのである。従って、例えば、緊急逮捕のため被疑者方に赴いたところ、被疑者がたまたま他出不在であっても、帰宅次第緊急逮捕する態勢の下に捜索、差押がなされ、且つ、これと時間的に接着して逮捕がなされる限り、その捜索、差押は、なお、緊急逮捕する場合その現場でなされたとするのを妨げるものではない。

そして緊急逮捕の現場での捜索、差押は、当該逮捕の原由たる被疑事実に関する証拠物件を収集保全するためになされ、且つ、その目的の範囲内と認められるものである以上、同条一項後段のいわゆる「被疑者を逮捕する場合において必要があるとき」の要件に適合するものと解すべきである。

ところで、本件捜索、差押の経緯に徴すると、麻薬取締官等四名は、昭和三〇年一〇月一一日午後八時三〇分頃路上において職務質問により麻薬を所持していた瀬上ミツヱを現行犯として逮捕し、同人を連行の上麻薬の入手先である被疑者有馬喜市宅に同人を緊急逮捕すべく午後九時三〇分頃赴いたところ、同人が他出中であったが、帰宅次第逮捕する態勢にあった麻薬取締官等は、同人宅の捜索を開始し、第一審判決の判示第一の(一)の麻薬の包紙に関係ある雑誌及び同(二)の麻薬を押収し、捜索の殆んど終る頃同人が帰って来たので、午後九時五〇分頃同人を適式に緊急逮捕すると共に、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をとり、逮捕状が発せられていることが明らかである。

してみると、本件は緊急逮捕の場合であり、また、捜索、差押は、緊急逮捕に先行したとはいえ、時間的にはこれに接着し、場所的にも逮捕の現場と同一であるから、逮捕する際に逮捕の現場でなされたものというに妨げなく、右麻薬の捜索、差押は、緊急逮捕する場合の必要の限度内のものと認められるのであるから、右いずれの点からみても、違憲違法とする理由はないものといわなければならない。

しかるに、原判決は、刑訴二二〇条一項後段の規定によって行なう捜索、差押は、緊急逮捕に着手した後に開始することを要し、緊急逮捕に着手しないで捜索、差押を先に行なうことは許されないとすると共に、緊急逮捕の現場でする捜索、差押であっても、その対象となるべき証拠物件の範囲は、その逮捕の基礎である被疑事実に関するものに限られるべきものであって、他の犯罪に関するものにまで及ばないとし、第一審判決の判示第一の(二)の麻薬は、麻薬取締官等が被疑者有馬喜市を緊急逮捕すべく同人宅に赴いたところ、たまたま同人の不在のためその緊急逮捕に着手しないうちに同人宅の捜索を開始して差押えたものであり、その捜索、差押が殆んど終る頃になって帰宅した同人を逮捕したことが明らかであるから、かかる捜索、差押は違法といわなければならず、且つ、右被疑者につきその被疑事実とは別の麻薬所持なる余罪の証拠保全のためになされたものと解するのほかなき本件の捜索、差押は、この点においても違法たるを免かれないところであって、要するに、本件捜索差押は、同条一項後段の規定に適合せず、且つ、令状によらない違法の捜索、差押であるから、憲法三五条に違反するものといわなければならず、かかる違法の手続によって押収された右麻薬及びその捜索差押調書等は、証拠としてこれを利用することは禁止されるものと解すべきものとする。しかし、右は、憲法及び刑訴法の解釈を誤った違法があるものというべく、その違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

のみならず、第一審判決の判示第一の(二)の事実(昭和三〇年一〇月一一日被告人宅における麻薬の所持)に関する被告人の自白の補強証拠に供した麻薬取締官作成の昭和三〇年一〇月一一日付捜索差押調書及び右麻薬を鑑定した厚生技官中川雄三作成の昭和三〇年一〇月一七日付鑑定書は、第一審第一回公判廷において、いずれも被告人及び弁護人がこれを証拠とすることに同意し、異議なく適法な証拠調を経たものであることは、右公判調書の記載によって明らかであるから、右各書面は、捜索、差押手続の違法であったかどうかにかかわらず証拠能力を有するものであって、この点から見ても、これを証拠に採用した第一審判決には、何ら違法を認めることができない。されば原判決は、この点においても違法であって、破棄を免れない。

よって、刑訴四一〇条本文、四〇五条一号、四一一条一号により原判決を破棄し、同四一三条本文により、本件を大阪高等裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官入江俊郎、同池田克、同垂水克己の補足意見、裁判官横田喜三郎、同藤田八郎、同奥野健一の意見及び裁判官小谷勝重、同河村大助の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官池田克の補足意見は次のとおりである。

緊急逮捕を認めた刑訴二一〇条の規定の憲法適否の問題は、本件の争点をなすものではない。しかし、多数意見の引用する当裁判所の判例は、右刑訴法の規定をもって憲法三三条の趣旨に反しないとしているにとどまり、何故に然るかの理由については、何等判示するところがない。すなわち、この際、その理由づけをしておくことは、決して徒爾ではないと考える。その要領は、次のとおりである。

憲法三三条は、逮捕には現行犯の場合を除いては、すべて権限を有する司法官憲が発し、且つ、理由となっている犯罪を明示する令状によらなければならない旨を規定する。このように令状主義を採るのは、もとより憲法の基調とする人権保障の趣旨によるのであり、被疑者を逮捕するには、その逮捕が正当であるかどうかを裁判官の判断にかからしめ、裁判官において理由があると認めて発した令状を要することとしたものに外ならない。

しかし、捜査上被疑者逮捕の如き強制処分が認められるのは、それによって被疑者を保全するためであり、そのためには現行犯でなくても、被疑者の保全を必要とする緊急の場合のあること、そしてそのような合理的事由を存する場合で裁判官の逮捕状を求めることができないときは、捜査機関をしてその理由を告げて被疑者を逮捕することを得しめても、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をなさしめて逮捕状が発せられないときは直ちに釈放すべきものとする限り、人権保障上格別の弊害もなかるべきこと等を考え併せると、憲法三三条の令状主義は、現行犯の場合を除いては、必ずあらかじめ裁判官の令状を得なければ絶対に逮捕し得ないことを規定したものとみるべきではなく、逮捕には、必ず裁判官の令状の裏づけを必要とすることを規定した趣旨と解するのが相当である。

ところで、いわゆる緊急逮捕を規定した刑訴二一〇条は、捜査機関は、犯罪が死刑又は無期若しくは長期三年以上の自由刑に当り、且つ、その罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができるものとし、この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならず、若し逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならないと規定する。同条は、右のように厳格な条件の下においてのみ被疑者の逮捕(身体の自由を拘束して特定の場所に引致すること)を許容したものであり、且つ引致後直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をとらせることとしているのであるから、この規定により逮捕状が発せられたときは、憲法三三条のいわゆる令状の裏づけがあるものというべきであり、これを同条の令状主義の例外とみるべきではない。

すなわち、刑訴二一〇条の緊急逮捕は、令状主義の要請する人権保障と被疑者逮捕の合理的必要性との調整を、引致後直ちに逮捕状を求める手続をなさしめ逮捕状が発せられないときは、直ちに釈放すべきものとする点に求めたものというべきであって、なお、令状による逮捕として憲法三三条の容認するところと解される。従って、また、同三五条にいわゆる「第三三条の場合」には、緊急逮捕の場合を含むものと解すべきであることを附言する。

裁判官入江俊郎の補足意見は次のとおりである。

多数意見の引用する当裁判所の判例と憲法三三条との関係についてのわたくしの見解は、前記池田裁判官の補足意見と同様である。よって、同裁判官の右補足意見を全部援用して、わたくしの補足意見とする。

裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。

一 刑訴二一〇条により、司法警察職員らが一定の重い罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときに、その理由を告げて被疑者に対して行う逮捕は、逮捕後直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をし、よって逮捕状が発せられた場合には(逮捕状には刑訴二〇〇条により被疑者の氏名、住居、罪名および被疑事実の要旨が記載される)、なお、憲法三三条にいう「権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となっている犯罪を明示する令状による」逮捕といってよいと思う。けだし緊急逮捕は直後に公正な裁判官の令状を受ける予定の下に行われ裁判官も遅滞なくこの逮捕を正当として許可する令状を発付したものであるかぎり、これを「逮捕令状に依拠する」逮捕といえるだろうから。されば、緊急逮捕の規定は令状主義の例外というよりは変則的令状主義といってもよかろう。多数意見引用の大法廷判決は右の趣旨を示したものと解される。若し逮捕令状を受けうべきことを信じて緊急逮捕(条件附令状逮捕)を行ったが逮捕状を得られなかった場合には、右の逮捕は爾後緊急逮捕とはならず、被疑者は直ちに釈放されなければならない。(尤も、それはすぐ様不法逮捕となる訳のものでもない。)

憲法三五条一項はいう「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、三三条の場合を除いては……、場所……物を明示する令状がなければ、侵されない。」と。「三三条の場合」とは何か。私見によれば、三三条は「(a)令状によってのみ逮捕できる(逮捕の場合の原則)。(b)現行犯にかぎり令状なしに逮捕できる(同例外)。」という、人身逮捕の許されるただ二つの場合を示したのである。だから憲法三五条一項の意味は「何人も……侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は三三条の場合(すなわち(a)令状による逮捕の場合と(b)現行犯逮捕の場合。)を除いては……場所、……物を明示する令状がなければならない。」ということである。

現行犯の意味はすでに今世紀の初めには世界の多くの立法において大体決定していた、すなわち、大体刑訴二一二条所定の現行犯、準現行犯を含むもの、またはこれに類似するものを指すものとされていた、と思われるので、憲法三三条にいう現行犯もかようなものを指すと解される。

現行犯、準現行犯を逮捕するためなら憲法上全然令状を要しないのであるから、刑訴二一〇条緊急逮捕の規定は非現行犯(数月・数年前に犯されたような犯罪を含む)に関するものであることは疑う余地がない。

二 緊急逮捕も事後令状に依拠する逮捕だとはいっても、犯罪の嫌疑も逮捕の必要も現行犯の場合の如くしかく何人にも明らかな場合の逮捕とはいえない。この場合に被疑者の逮捕(事後の逮捕状の発付によって始めて正当となる)に付随して刑訴二二〇条により、捜査官憲が必要と認めて特別の令状なしに行う第三者の住居、建造物内への立ち入りや被疑者の捜索あるいは逮捕現場での第三者所有、占有物の差押、捜索または検証は(殊に第三者のものに対する場合には)、憲法三五条によっても許されると解されるとはいえ、個人のプライヴァシイを尊重する憲法の精神に即した公正にして節度あるものでなければならない。また、裁判官が逮捕後令状を発付すべきか否かを決するに当っても逮捕あるいは証拠物の押収という既成事実に囚われることなく、事前に相当の嫌疑(徴憑)や逮捕の必要性があってこれら強制処分が行われてよいものであったか否かを厳正に検討しなければならない、と私は考える。

刑訴二二〇条一項一号は、緊急逮捕または現行犯逮捕をする場合において必要があるときは人の住居又は人の看守する建造物内に立ち入り被疑者の捜索をすることができる旨規定するが、これは身柄逮捕の目的のためにのみ許されるものと考える。例えば、逮捕しようとした途端被疑者が隣家に逃げ込んだような場合改めて家宅捜索令状を得なくても逮捕権者は逮捕のためその第三者の住居を捜索できるという趣旨であって、これは条理上当然許されてよいことである。同項二号は、同様に、逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることをも許す。ここに「逮捕する場合」および「逮捕の現場」というのは、多数意見のいう如く、時間的にも場所的にも幾らか幅の広い観念であろうが、しかし、「逮捕する場合」とか「逮捕の現場」という観念は、現実に逮捕の着手行為(逮捕のための被疑者への接近)若しくは少くとも逮捕のための被疑者の身柄捜索行為がなければ客観的なものとして考えられないのではないか。また逮捕の目的から被疑者の身柄の所在を捜索したところ、そこで彼の犯罪の証拠と思われる賍物等を発見したという如き場合、これらを特別の令状なしに差押え、検証する如きも条理上附随的に許されてよいことであろう。けれども多数意見の判示するように本件の如く捜査官憲が内心緊急逮捕の目的をもって被疑者の家に行き単に緊急逮捕の態勢を整えただけで行なった家宅捜索は「逮捕の場合に、逮捕の現場で」行ったものといえるだろうか。捜査官憲が被疑者逮捕の意思をもって捕縄を何時でも用いうべきような状態を整えただけで誰の住居にでも立入り、検証、捜索、押収することができるとなっては大変である。

なお、緊急逮捕の場合その現場で行う捜索、差押、検証は当該逮捕の原由たる被疑事実に関する証拠と認められるものについてのみなすべきであって、余罪の証拠についてこれをすべきでない。しかし、逮捕原由たる被疑事実(例えば麻薬譲渡)に関する証拠が偶々同時に余罪(例えば麻薬密輸入罪)の証拠でもあるからといってこれを押収できない訳はない。

三 違法な手段方法によって入手された証拠を裁判所は被告人の犯罪事実認定の資料に供することができるか。私は重大顕著に違法な手段によって入手された証拠を一資料としてなされた有罪判決は条理上破棄されなければならないと解するのを相当と考える。しかし、そうでない軽い違法手段によって入手した証拠を罪証に供した判決は破棄されるべきかぎりでない。判示の押収物は被疑者の身柄捜索に着手前に、すなわち、私見によれば違法に捜索、押収された物ではあるが、これについては直後に裁判官の逮捕令状を得ている以上(この令状は予め得た逮捕令状に比すれば右物件の捜索押収を正当とする上において一層有力なものといえよう)証拠能力はあるといえる。なお、証拠能力のない証拠物件、家宅捜索調書等であっても、被告人が自己の利益にこれを援用しようとした場合、その他これを証拠とすることに同意した場合には証拠能力を持つに至ると考えてよい。

裁判官横田喜三郎の意見は次のとおりである。

私は判決の主文に賛成するけれども、その理由に反対であって、つぎのように意見を述べる。

一、令状によらない捜索差押について

1、憲法は、第三三条で、現行犯の場合を除いて、逮捕の令状によらなければ、何人も逮捕されないことを規定し、第三五条で、逮捕状による逮捕と現行犯による逮捕との場合を除いて、捜索押収の令状がなければ、何人も住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けないことを規定している。

正当な理由と手続によらなければ、何人も逮捕されず、捜索押収を受けないことは、重要な基本的人権であって、憲法が原則としてかならず令状によることを要するとし、たんに現行犯の場合にかぎって例外的に令状を必要としないことにしたのは、この基本的人権を保障するためにほかならない。しかも、旧憲法の時代に、右の基本的人権が十分に保障されなかったことにかんがみて、新憲法はとくに詳細な規定を設け、これを強く保障することにした。それだけに、その規定は、厳格に解釈適用しなくてはならない。

2、憲法の規定の線に沿って、刑事訴訟法は、第二一八条で、差押や捜索は、裁判官の発する令状によって行なうことを規定し、第二二〇条で、逮捕状による逮捕、現行犯による逮捕及び急速を要する逮捕の場合には、令状を必要としないで、差押や捜索を行なうことができるとしている。いいかえれば、右の場合を除いて、差押や捜索は、かならず裁判官の発する令状によらなければならない。

この差押や捜索について、刑事訴訟法第二二〇条一項は、「被疑者を逮捕する場合において」、「逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること」ができるとしている。「被疑者を逮捕する場合において」といい、「逮捕の現場で」というのは、被疑者が現場にいて、逮捕と同時に捜索や差押を行なうか、すくなくとも逮捕の直前または直後に捜索や差押を行なうことを意味する。被疑者が不在であって、逮捕ができない場合は、「被疑者を逮捕する場合」とはいえず、まして「逮捕の現場」とはいえない。そのような場合には、第二一八条にしたがって、裁判官の令状を求め、それによって捜索や差押を行なうべきで、令状なくしてこれらのことを行なうことはできない。

3、本件の捜索と差押を見るに、麻薬取締官は、被疑者を緊急逮捕する目的で、午後九時三〇分頃に、被疑者の宅に着いた。被疑者は不在であったが、ただちに捜索を開始し、麻薬を発見して、これを押収した。そこへ、被疑者が帰ってきたので、これを緊急逮捕した。それは午後九時五〇分頃であった。そのさいに、麻薬取締官は、逮捕の令状も、捜索と差押の令状ももっていなかった。そうしてみると、麻薬取締官は、被疑者を逮捕する場合とか、逮捕の現場とかいえないのに、捜索と差押の令状をもたないで、これらのことを行なったものである。したがって、それは刑事訴訟法第二二〇条に違反し、さらに根本的には、憲法第三五条に違反する。

これに対して、多数意見では、被疑者が午後九時五〇分頃に帰宅し、これを逮捕したから、捜索差押と逮捕は、同じ場所で行なわれ、時間的にも接着しているから、被疑者を逮捕する場合に逮捕の現場で捜索差押を行なったものであり、憲法と刑事訴訟法に違反しないとする。しかし、捜索と差押は、被疑者が不在であって、その行き先きも帰宅の時間もわからないときに開始され、実行され、完了されたのであって、被疑者を逮捕する場合に行なったものとはいえない。被疑者が間もなく帰宅し、これを逮捕したことは、予期しない偶然の事実にすぎない。もし被疑者の帰宅がおくれるか、帰宅しなかったならば、時間的と場所的の接着がなく、捜索差押を弁護することは、まったく不可能であったろう。同じ捜索差押の行為でありながら、被疑者が間もなく帰宅したという偶然の事実が起これば、適法なものになり、そうした事実が起こらなければ、違法なものになるというのは、あきらかに不合理である。ある捜索差押の行為が適法であるかいなかは、その行為そのものによって判断すべきで、その後に起こった偶然の事実によって左右されるべきではない。

4、これによって見れば、本件の捜索差押は、刑事訴訟法第二二〇条に違反し、さらに根本的には、憲法第三五条に違反するといわなければならない。正当な理由と手続によらなければ、何人も逮捕されず、捜索差押も受けないことは、重要な基本的人権であって、新憲法が強く保障することに照らして見れば、本件のような捜索差押は、適法なものと認めることができない。

二、違法な捜索差押手続によって収集された証拠について

1、証拠物の証拠能力は、本来ならば、証拠物そのもの自体によって判断すべきで、その物を収集した手続が適法であるか違法であるかによって判断すべきではない。収集の手続が違法であれば、その違法については、違法な手続をとった者を処分し、それによって違法な手続の起こるのを防止するのが合理的である。証拠物そのものについては、それ自体として証拠能力をもつならば、それを認めるのが当然であって、それを収集した手続のいかんによって、証拠能力を動かすべきではない。昭和二四年一二月一三日の最高裁判所第三小法廷判決も、「押収物は、押収手続が違法であっても、物それ自体の性質、形状に変異を来すはずがないから、その形状等に関する証拠たる価値に変りはない」としている。

2、もっとも、違法な収集の手続が重大な弊害をもたらすもので、とくにそれを防止するために厳重な規定が設けられた場合は、おのずから別である。違法な手続によって、重要な権利が侵害され、重大な弊害が生じるような場合には、これをいっそう強力に防止するために、とくに厳重な規定を設けられることがある。このような場合には、違法な手続によって収集された証拠物の証拠能力を否定することもありうる。

憲法第三五条と、その趣旨に沿って定められた刑事訴訟法第二二〇条とは、まさに、この趣旨の規定であると解される。憲法第三五条は、国民の住居、書類及び所持品の安全を保障し、逮捕状による逮捕と現行犯による逮捕との場合を除いて、正当な令状がなければ、侵入、捜索及び押収を受けないことを定めている。これは国民の重要な基本的人権であるばかりでなく、旧憲法の時代の経験にかんがみて、新憲法はとくに強く保障することにした。そうしてみれば、これを侵害するような違法な手続によって、証拠物が収集された場合は、たんに違法な手続をとった者を処分するだけでなく、収集された証拠物の証拠能力を否定することが必要であり、実際においてそれが憲法の規定の趣旨であると解される。この規定の線に沿って定められた刑事訴訟法第二二〇条についても、同じである。

3、他方で、しかし、権利または法律上の保障は、別段の規定がないかぎり、それを亨有する者が放棄することができる。刑事手続における被告人の権利を保障した憲法の諸規定を見るに、第三八条は、強制、拷問または脅迫による自白と、不当に長い抑留または拘禁の後の自白とについて、これを証拠とすることを禁止している。このような自白については、被告人は憲法上の保障を放棄することができないわけで、かりに被告人がそれを証拠とすることに同意したとしても、裁判所は証拠とすることができない。これに反して、憲法第三五条は、その規定に違反して捜索押収した物について、証拠とすることを禁止していない。そのことは、この規定に基く保障については、被告人が放棄することができることを意味するといわなければならない。

実質的に見ても、これは十分に理由のあることである。社会の秩序を維持するために、不法な行為をした者を罰することは、法の使命であって、真実に不法な行為をした者は、これを罰することを法は要求する。これについて重要なことは、真実に不法な行為をしたかどうかを発見することである。この発見に役立つものは、本来証拠とすべきものであり、それによってはじめて、真実が発見され、真実に不法な行為をした者が罰せられ、引いては社会の秩序が維持される。それにもかかわらず、違法な手続によって収集された証拠について、証拠能力を否定することがあるのは、違法な手続による被告人の不利益と苦痛に対して特別な考慮を払うためである。それだけに、被告人がみずから証拠とすることに同意したならば、それをさまたげる理由はない。

本件の場合について見るに、問題の麻薬は、物それ自体の性質、形状に変異を来たすものでなく、それ自体として証拠能力をもつものであり、それに関する捜索差押調書と鑑定書も、他の訴訟法上の要件をみたすかぎり、証拠とすることができる。第一審において、被告人もその弁護人も、これらの書類を証拠とすることに同意し、その同意の下に公判廷で適法な証拠調が行なわれた。この証拠調に対して、被告人側は、どのような異議も申し立てていない。このことは、被告人側で憲法第三五条の保障を放棄したことを意味すると解しなければならない。すでに第一審で憲法の保障を放棄した以上は、上訴審になってその保障を主張し、右の書類の証拠能力を争うことは、もう許されないところである。

これによって見れば、結局において、本件の上告は理由のあるもので、原判決は破棄されなければならない。

裁判官藤田八郎、同奥野健一の意見は次のとおりである。

刑訴二一〇条の規定により被疑者を緊急逮捕する場合において必要があるとき逮捕の現場で令状によらないで捜索押収をすることができるという刑訴二二〇条の規定は、憲法の保障する令状主義の例外をなすものであるから、かかる例外規定は憲法の精神に副うよう厳格に解釈されなければならない。そして刑訴二二〇条一項後段の「被疑者を逮捕する場合において」といい、同項二号の「逮捕の現場で」というのは時期的には逮捕と同時又は直前、直後を意味し、少くとも被疑者が現場に存することを必要とし、若し被疑者が不在であるとか既に逃亡して現場にいないような場合にはその適用がないものと解さなければならない。然るに、原判決の認定した事実によれば本件捜索差押は、被疑者たる被告人の住居において同人不在のため緊急逮捕に着手しないで、これに先立ち捜索を開始し、本件押収物件を押収し、その後捜索を続行中被告人が帰宅したため緊急逮捕したというのである。すなわち被疑者不在のまま、その行先も不明であり、かつ何時帰宅するかも判らないのにかかわらずその間捜索差押したものであって前記二二〇条に適合せず、令状によらない捜索差押であるから憲法三五条に違反するものといわざるを得ない。なお本件捜索押収が被告人不在中その長女(当時一七才)の石橋通子が麻薬取締官が家の中を見てもよいかと尋ねたに対し「どうぞ見て頂戴」と答えたからといって、いわゆる承諾捜索であると解することのできないことは原判示のとおりである。

次にかかる違憲の手続によって捜索押収された物件、その捜索差押調書等を断罪の証拠とすることが許されるかについて検討するに、たとえ捜索押収の手続が違憲違法であっても押収物件自体の性質、形状に変異を来す筈がないから証拠たる価値に変りはないとの判例(昭和二四年一二月一三日最高裁判所第三小法廷判決)もあるが、われわれはこれに賛同し難い。けだし、捜索押収は犯罪の証憑の収集のため行われるものであって、憲法三五条はこれに対する国民の住居、書類及び所持品についての安全を保障したものである。従って同条に違反して収集された物件が、たとえその手続が違憲であってもなお犯罪認定の証拠とすることが許されるものとすれば右憲法の保障は空文に帰するからである。捜査機関に対するその違反の制裁が他にあるからといって、かかる違憲な手続によって収集された物件に証拠能力を与える根拠とはなり得ない。

違憲違法な手続によって収集された物件が証拠として利用することが許されない以上、当該捜索押収の手続を証する書類である捜索差押調書及びその押収物件に関する鑑定書もまた証拠として利用することは許されないものと解さなければならない。

しかし、憲法上刑事手続における被告人の権利を保障する諸規定のうち、例えば憲法三八条の強制、拷問、脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白を証拠とすることを禁止する規定の如きは、たとえ被告人がこれを証拠とすることに同意したとしても証拠能力を生ずるものではないと解すべきものであるが、憲法三五条の保障の如きは被告人において必ずしもこれを放棄することを許さないものと解すべき根拠はなく、同条に違反して押収された本件押収物件及びこれに関する書類についてこれを証拠とすることに被告人が同意し、捜索差押手続について何ら異議の申立をしない本件のような場合においてはその証拠能力を否定すべき限りではない。本件においては第一審において被告人側は本件捜索差押調書及び鑑定書を証拠とすることに同意し、その証拠調に対し何ら異議を申し立てていないことは本件記録によって明らかであるから、上訴審において捜索差押手続の違憲違法を主張して本件捜索差押調書及び鑑定書の証拠能力を争うことは許されないものというべきである。

然らば結局本件上告は理由があり、原判決は破棄を免れない。

裁判官小谷勝重、同河村大助の少数意見は次のとおりである。

一、憲法三五条は、同三三条の場合を除いては、捜索及び押収は司法官憲の発する令状によることを必要とし、司法的抑制によって住居及び財産の安全を保障している。そして刑訴二二〇条一項後段は右令状主義の例外の場合として被疑者を緊急逮捕する場合において必要があるときは、逮捕の現場で令状によらない捜索、差押をすることができる旨定めているのであるが、かかる例外規定は捜索差押が人権侵害の危険を伴うことに鑑み極めて厳格に解釈されなければならないことはいうまでもないところであって、右刑訴二二〇条一項後段の「被疑者を逮捕する場合」及び同項二号の「逮捕の現場」というのは、逮捕行為を行う際を意味し逮捕行為の前後はこれを問わないが、逮捕行為との時間的場所的接着を必要とし、かつ被疑者が逮捕の現場に現在することを必要とするものと解すべきである。然るに原審の認定した事実によれば、本件の捜索差押は、被疑者有馬喜市の住居において、本人の不在中、すなわち、被疑者の緊急逮捕に着手する前に、その行先も帰宅時刻も判明しないままに開始、実行、完了され、その後に帰宅した同人を緊急逮捕したというのであるから、その捜索差押は同条一項後段の要件を具えない違法な手続により行われたものであって、憲法三五条に違反する処分というべきである。なお本件捜索差押調書中には「任意に捜索した処」との記載があって、上告趣意中にも、それが石橋通子の「どうぞ見て頂戴」との言葉により承諾捜索を意味する旨の主張があるが、この点は原判決が適法な承諾捜索と解することは到底できないと判示したのが正当であると考える。けだし父母共に不在中一七才の少女が、家庭の秘密、住居及び財産の安全を侵すような異常な事態に当面して、その捜索を承諾するが如き権限は通常これを有しないものと見るを至当とするからである。

二、従って、本件麻薬の捜索差押は憲法の保障する令状主義に違反し、被告人の住居及び財産の安全を侵害する重大な瑕疵を包蔵するものであるから、かかる違法な手続につき作成された捜索差押調書の証拠能力はこれを否定すべきである。また右の如く違法な手続によって押収された本件麻薬も本来証拠とすることのできないものであるから、これを鑑定した本件鑑定書もまたその証拠能力を否定せざるを得ない。けだし、法は公正な手続に基いて実体的真実の追求を許しているものであって、人権の保障は、まさに公正な手続の核心をなすものだからである。この意味において「押収物は押収手続が違法であっても物自体の性質、形状に変異を来す筈がないから、その形状等に関する証拠たる価値に変りはない」として、押収手続に違法ある場合の押収物件の証拠能力を肯定した昭和二四年一二月一三日第三小法廷判決はその瑕疵の軽重を問わない趣旨であるならば、それには到底賛同することができない。

三、以上の如く本件捜索差押調書及び鑑定書は、ともにその証拠能力を否定すべきであり、従って又かかる証拠については証拠調の請求を許さないものと解すべきである。然るに本件第一審において被告人側は、本件捜索差押調書及び鑑定書を証拠とすることに同意し、その証拠調に関し何等の異議を申し立てていないから、かかる訴訟経過の下においては、上訴審において捜索差押手続の違憲無効を主張して本件捜索差押調書等の証拠能力を争うを得ないとの論がある。しかし検察官又は被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述につき証拠能力が認められるのは、刑訴三二六条の場合に限られるのであって、同条は当事者の同意があれば敢えて伝聞証拠禁止の原則を固執する必要なく証拠能力を認めて差支えないとの趣旨に出でた規定であり、しかも当事者の同意があった場合においても、その書面が作成され、または供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、証拠とすることができるものとされているのである。従って、同条を汎く伝聞以外の理由により証拠能力を欠く証拠全般に及ぼし得ざることは明らかであって、特に本件捜索差押調書等の如く憲法三五条に違反する捜索押収及びこれにより収集された押収物に関し作成された証拠書類については、たとえ被告人側の同意があったとしても、これを証拠とすることは許されないものと解すべきである。また本件のような違法な証拠の証拠能力を否定することは、国家権力の公正な発動を担保するためにも重要な意味をもつものであって、憲法に違反する証拠収取の弊害を防止することも考慮するの要あることは勿論である。されば後日被告人側の証拠とすることの同意により本件のような重大な瑕疵がいやされるものとするが如き見解には到底賛同することができない。

以上の理由により原判決の判断は結局正当に帰し、本件上告は棄却すべきものと思料する。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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